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恋愛・パートナーシップ 癒し/スピリチュアル まめちしき

愛や感謝は目的ではない

05/12/2020

 

愛するとか癒すとかの学びは、たいてい人との関わりを通して起こります。

子供として、両親を許していくことだったり、親として、子供を受け入れていくことだったり、パートナーとして、相手を愛していくことだったり。

傷があぶりだされたり、同じ痛みを感じさせる相手によって、その感情は湧き上がってくるからね。

癒しに向かうこと、浄化をきっちりやっていくには、「経験」「関わり」が欠かせないわけ。

 

たったひとりで妄想や瞑想しながら、意識の探究のみで起こる成長ももちろんあります。

でも、やっぱり、その意識上に登ってくる記憶や刻まれている感情というのは、元をたどれば「誰か、何かと関わったことでできたもの。」

 

そんなことを繰り返し、気づき癒しをやっていくときに、つい忘れがちになってしまうこと。

 

それは、自分が幸せになりたい、自分が癒したい、変わりたい、気づきたい

という素直な欲求が、知らず知らずに「経験」や「人との関わり」をそのために利用してしまうということ。

 

結果としてね、彼がいたからわたしはこうして変われた、とか、母がいたから私はこうして気づけて成長できた。

とか、もちろんそのひとたちのおかげで、いろいろな変化がもたらされることは事実です。

でもそれを、まるでその関係が、「自分の魂の成長のため」にあるような感じがしていたら、一度チェックね。

 

 

パートナーシップ、親子関係、職場でもなんでもですが、愛がある関係ではつい、依存しあったりたくさんの学びが含まれているがゆえに、それが「自分のため」にあるような錯覚に陥ってしまいます。

 

でも、愛するひとは、自分が成長するためにそこにいてくれるわけじゃないんです。

愛してくれるひとは、自分が幸せになるためにそこにいてくれるわけじゃないの。

 

 

それに気づいていくと、ハッとするようなこともあると思う。

知らず知らずに、わたしは相手を利用していたんだろうか?

 

そんな風に悩んでもがいて苦しんだ時間、たくさんありました。

 

でも最後気づくのは、その全ての関係は

 

「ただ、愛する」ためにそこにいる。

「ただ、愛される」ためにそこにいる。

 

それだけ。

これというのはとてもシンプルで、あまり何をも求めたりはしません。

 

あれこれ複雑なことがないので、「目的」のようなものがそこに無い分、みずみずしい経験だけがそこにあります。

 

それは、幸せな時間を共有しあうことももちろんそうだし、ぶつかりあって、一生懸命理解しあう時間ももちろん愛し合う一部なのね。

 

ネガティブなことが起こると、それを全部変えようと歪めようとしてしまいがちだけど、そうじゃない。

喧嘩をして、泣いて、怒って、抱き合うこともあるけど、それはそれで、ただ大切だったりする。

 

でもね、そんなやりとりを、理解しあってより成長したいから!

とか、ぶつかって、理解してもらい、より自分にとって都合のいい関係にしたいから!

 

そういうことではなくて。

 

 

それはただ、そこにあるもの。

ひたむきに向き合う上で、自分をさらけだして、勇気を出して関わっていく上で、自分がたくさんのことを学ばせてもらえるならば、それにこそ愛を持って感謝をしてみてください。

 

 

癒しや愛、感謝は目的にはなりません。

 

それはいつだって、手段でもなければ、目的でも無い。

ただ、そこにあるもの。

 

 

感謝して、楽しんでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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