女神の告白室-the room Lilac

勇気

とにかく、今明確じゃない事を伝える必要があったから、

その、白黒させたメールをしなくてはいけないいけない。
というプレッシャーも捨てて、
かっこよく書くことも捨てて、
今ある状態を伝えました。

 

 

自分に自信がなく縮こまってしまうときがあります。

次にひとまわり大きく羽ばたこうとしているその手前とかね。

 

そういうとき、わたしたちは自分をとにかく大きく見せようとします。

混沌としている自分をなんとかして律しようと、おちついて見せようとします。

迷い決められない自分のことを、そのまま受けいれて

「決められないのです」と言う代わりに、

「わたしはこうしたいんですよ。」と、ほんの少しずれたテーマについて語ろうとします。

 

すると、目の前にいるひとたちは手を差し伸べたくても差し伸べられずに、手を引こうとするのをやめてしまうのだけど、そうすると

さらに、独りになって、誰もわたしを助けてはくれないと世界に怒りがわき、ますます縮こまってしまう。

 

そんなとき、求められていることはたったひとつ。

その、ダサい自分のことをただ受け入れること。

格好つけたり、わかったようなことを言ったり、自分も頑張っていると見せつけようとしたり、わたしは大丈夫だと見せるのではなく

「わからない」と認め、言うことです。

 

 

わからない、と言った時点で、ゲームオーバーになると感じるとおもいます。

何がしたいのか、自分でもわからない時

何を助けてほしいのか、何がわからないのかがわからない。

そんなことがほとんどだから。

 

私自身、長い間、ひとに聞きたい、助けてほしいけど、

でもなにを聞いていいかわからない、助けてほしいけど、なにを助けてほしいのかがわからない、

それでほんとうに苦しんできました。

 

ほんの、ちいさな、些細なこと

とてもシンプルで簡単で、誰にでもできそうなことが

わたしにはできなかったから。

 

 

笑われることや、からかわれることや、そんなこともできないの?

と思われることは、そんなに怖くありませんでした。

そういう意味で自分をかっこよくみせたいみたいなプライドはハナから無かった。

 

でも、じゃあ、なぜひとに「わからない」と言って助けてもらうことができなかったのかといえば、

それはほんとうに、普通のひとの理解の範疇を超えたような

「わからない」だったからです。

 

たとえば「ここに名前を書く」ということができないとするでしょ。

なぜできないのかもわからないし、どうしたら書けるのかもわからないし、ひとにそれを聞けば、

「ここに名前を書けばいいだけだよ」と教えてくれるのだけど、

それができないんです、と言うと、相手は「どうして書けないの?」混乱してしまう。

 

 

わたしのそばには、そこで

「字は書ける?」「日本語はわかる?」

「自分のなまえは、知ってる?」

 

と訊ねてくれるひとは、なかなかいなかった。

 

 

わたしはだから、今、わからないことがわからなくて困っているひとの手を引いていて、

そして、独りになってしまったひとが

どうしてそうなっているのかが大抵のことならわかるのです。

 

かっこよく伝えることや、自分が、あたかも「わかっている」風に思いたいというプライドや

自分は、きちんとやるべきことをやっている、と感じたいこと

 

そういうのも全部捨てて、

素直に、「まだ、迷っている」と言えたひとにだけ、道は最後、思わぬ場所にひらけていきます。

 

わからないから、終わり

ではなくて

 

わからないから、教えてもらう

 

とてもシンプルで、そこに必要なのはひとつだけ

「勇気」

だと思うんだよね。

 

 

 

Fさんの勇気に祝福を。

You’re on the right track.

And I’m proud of you.

 

 

 

 

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