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”本当のことを話しても、だいじょうぶ。”

2018-12-27分再投稿

たくさんたくさん、ぼろぼろに傷ついているとき、わたしたちは

自分を守るために、必死になります。

そういうとき、たくさんたくさん嘘をついて、自分で何を言っているのかわからなくなることがある。

 

なぜなら、本当のことを誰かに本当に話したら、責められたり、また傷ついたり、自分をまたボロボロにしてしまうかもしれないと

そう思うからです。

 

そうすると、自分が感じていることとか、みている世界とか、誰かとコミュニケーションするときに

恐怖から、知らず知らずのうちにコミュニケーション自体を

「操作」しようとしてしまうのですね。

 

それはよい意味の操作ではなく、真実を歪めてしまった状態で

支離滅裂だったり矛盾した言葉になってしまったり、一貫性がないことになっていまい、最後には、自分で自分の吐く言葉にも

信頼ができなくなってしまい、自分でも本当は何を感じているのかすら全くわからなくなってしまいます。

このサイクルのなかでぐるぐるしはじめて出口を見失うと、抜けるのはかなり困難になる。

なぜなら、「これが嘘でこれは本当だ」という自覚があるうちはいいけど、

自分で嘘をついていることに気づけなくなってしまうからです。

 

 

こういう時人は、はたからみるとぺてん師とか詐欺師のように見えることがあります。
またはただの虚言癖がある不安定なひととか、女子だったら「言ってることが意味がわからない感じの女子」男子だったら「嘘つきの最低男」みたいな。

信頼されなくなってしまうと、ますます人間関係は安心できるものから遠ざかってしまって、人を信じられなくなって、の悪循環なのだけど、これを元の状態に戻すには、まず

 

「自分が本当に感じていること」を勇気をだして見つめた上で、

「本当に感じていること」を誰かにゆっくり伝えてゆく

というリハビリみたいなプロセスが必要になります。

 

 

例えば怒っているとか悲しい感情を、ある時期に完全否定されたことがきっかけで
二度と感じることを自分に許さなくなってしまうと、そのあとは大人になっても理性でそれを全て押さえつけてしまって、

「本当は怒ってる」ことがまったく自分でもわからなくなってしまったりとか。

 

 

逆もまたしかりで、例えば誰かを愛していることや、自分の中にある愛のことを誰かに伝えたら、
「わたしじゃない人を愛してるってどういうこと!?」とものすごく責められたことで、

そのあと怖くなってしまって

「自分がなにかを愛している」こと自体、誰かを傷つけることがあるんだ、と誤解すると

ある人の前では「それが嫌いな自分」を演じ、ある人の前では「それが好きな自分」を演じ、

最後には

「ほんとうに自分が大事にしているもの」が自分でもわからなくなってしまったり。

 

 

これはとっても悲しいことです。

いい感情も悪い感情も、本来はどれも素直に表現してよい環境にあれば

わたしたちというのはのびのび言いたいことをいって、のびのび本当に感じていることを感じることができて、それが本来のありのままで生きるということ。それを見失った状態というのは、本当はとっても辛いことだと思います。

 

世界には、ある限定されたものなら受け入れるが、それ以外はダメ。

という人もたくさんいるので、なかなか「なんでも安心して話せる」という場所を探すこと自体困難かもしれない。

 

 

そういうときは、まずは一度静かな場所で、すくなくとも

「自分自身」に必ず本当のことをいう、練習から始めていきます。

 

だいたい深く傷ついているときというのは、「自分」に嘘をつきまくっていることがほとんどなので、

それも難しいかもしれないけれど、自分がそれを決めれば、ゆっくりと舵取りの方向がまず変わっていきます。

重たい巨大な船は、波の上では一ミリ動いたところで、まったく方向転換したようには思えないけれど、その一番最初の膨大なエネルギーがまず必要なのです。

最初は頑として動いた気配がなかった船は、最後には大きく本来の方向目指して動き出すことになる。

 

というわけなので、「自分で自分がわからない」ほがほとんどの状態からスタートしたセッションの中では、ゆっくり相手(この場合わたし)を信頼していくことから始めていくこともあります。

 

これまで、「こんなに醜い自分をさらけだしたのは始めてで、死ぬほど怖いです」とか、

「見捨てないでくれますか」とか、「わたしのこのことを知っているのは唯一マイさんと主人だけです」とか

「始めて人にこれを話しました」

 

と言われてきました。

 

 

自分もまた、自分のもっとも弱くて脆い部分と対峙しなくてはいけなかったとき

それは死ぬよりも怖いことであって、いくら信頼してる人がいると言えども、簡単にそれを吐き出せるかといえばそうじゃなかったです。

 

毎回これでもう全てが終わりだ。と腹をくくった上で、目の前にいたひとにそれを吐き出し、

そして受け止めてもらえたことで、それでも愛し続けてもらえたことで

 

ゆっくりゆっくり、ひとつづつ

 

「自分が感じていることは、そのまま感じても許されることなのかもしれない」

 

という最後の希望のような光を取り戻してゆくプロセスでした。

 

 

 

だから、今もし

墓場まで持って行きたいような恥ずかしい感覚とか、絶対に誰にもいえない体験をしたこととか、

こんなことを感じている自分はきっと頭がおかしいだろう、とか

それぞれ抱えているものがあったとしたら

 

一度、それをまずそのまま、いいとか悪いとかじゃなくて

少なくとも「それでも今、自分はとりあえず、そう感じているんだ…」

 

と思ってみて欲しいのです。

 

 

 

そして、誰にもそれをもし打ち明けたり絶対できないと感じているのであれば、最低1人、ここに松永まいというセラピストがいるということを思い出してほしい。

この場所では、死んでもあなたの秘密が外にもれない安全な場所で、あなたがどんな醜悪で残酷で劣悪で惨めな姿を晒しても、ぜったいに見捨てられることはない安心できる場所だと思ってください。

 

それは、ひとから受けた辱めでもなんでもいいのですが、もしかするとどこか深い部分では

「その出来事を選んだのは自分なのかも」と薄々感じていることで、ますます打ち明けることに強い抵抗を感じるかもしれませんよね。

 

つまり不可抗力で怒った酷い経験なら、まだ自分は悪くないと感じられるから、悲劇のヒロインとして被害者として名乗りでることができるけれど、潜在意識は、「自分にも責任があるんだ」と知っている。

するとそのまま自分を責めるサイクルは終わらずに、出口のない場所に閉じ込められてしまうのです。

 

 

わたしのひとつの役割というか告白室という場所を設けている意味でもあるのだけど、そこは傷を癒したり、本当のことを打ち明けたり、誰にも言えなかった重荷を下ろしたりするのと合わせて、懺悔できる場所でもあるということ知っていただきたいと思っています。

 

とくに宗教とは関係なくて、ただ自分で自分を縛り付けた重たい罪と、そのために自分に与え続けている罰を、終わらせるための場所。

 

なぜか、自分の内側と、世界の間がつねにガタガタひび割れているような感じがするときや、ある特定の誰かからの言葉に瞬時にシャッターが降りる感覚。

崖っぷちに立たされいるような感覚や、常に自分を隠して逃げ惑うような感覚が続くとき。

癒しが進んでゆくと、そこは安全な世界に変わってゆくので

自分と世界の間には隔たりが消えてなくなって、やさしい流れのようなものができてきます。

 

 

自分を必死で守らなければいけないときは

そこに果てしないエネルギーを注ぐので、自然体でのびのび自分を生かしていく方にエネルギーをかける余地がなくなってしまう。

 

 

そんな状態からひとつづつ癒しを進めることで、一切の障害のない人生を味わってゆくのは自分の体験からも、これまで癒されて変化してくれたひとたちの姿を見ていても

祝福以外の何ものでもないなあと思ってます。

 

 

 

というわけで、綱渡りのような人生を今歩んでいるように感じるかたは

それは何かの試練とか自分特有のものというわけではなくて

単に深く傷ついている闇の部分がまだ悪さをしているということを

ゆっくりでいいから受け入れて、どこかのタイミングでそれを開いていく覚悟を決めてもらえればと思います。

 

 

 

 

何がどうなっているのか、自分でもわからないときに

セッションだとかセラピー、カウンセリングのようなものの扉を叩くのはとてもできないと感じると思います。

 

でも「何がどうなっているのか自分でもわからない」ときだからこそ

その崩れたパズルのピースの原型が見える、こちら側に身を委ねてほしい。

 

 

それは最初とてつもない勇気を必要としますが、最後には必ずよかったと思えることを約束します。

 

まずは、わけがわからないままでいいから、

一度扉をたたいてみてくださいね。

 

 

1月の予定また更新します〜。(いつもおそくてすまん汗)

個人セッションの詳細はこちらです(^^)

 

さっきキオスクブログにも書いたので、よかったら読んでください。

ドラマの中の世界を体験と、歯磨きのためのキオスクです

 

 

 

本当のことを話しても、だいじょうぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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