女神の告白室-the room Lilac 実用-practical

ブスが嫌いなひとびと。

 

こんにちは、台所の女神Maiです。

 

さて、女神の告白室という、悩みを自由になげこめる場所を設置しております。

 

最近、「ブスと仕事したくなくて悩んでます」

という投稿が。(爆)

 

ちょっと前にも、Facebookで写真をあげるたびに変なおじさんから

「かわいい!」「ヒューヒュー!」とコメントがつくのを

「汚いから削除しなよ」

 

と言われたことがありました。

「美女で囲むべき」だと。笑

 

 

実は最近、外見に対する執着が抜けて楽になったのだけど、

そのタイミングでちらほら周りにそんな声が聞こえてくるように。

 

 

それで思い出したんだけど、

過去に、「アンタがその顔じゃなかったら友達になってない」

と言われたことがあって、その子もまた

 

「絶対ブスと一緒に歩きたくない」

 

って言ってましたね。(・∀・)

やーわたしって一体。飾り?って思ってたけど。

 

 

 

ちなみに、その子が可愛いかブスかというと、意見が別れる感じで、

「汚いおじさんは排除」と言っていた子は、美女(←Kaho)だったから、

本人が可愛いかブスかはあまり関係ないらしい。

 

 

 

ちなみに、

「人間顔じゃない」「年齢じゃない」

 

と素でいまは思っているので(過去は違った)、

 

若い女子とかに「可愛いね!」と素直に言えるオジサンは、

むしろ善良な生物だとわたしは認識しており、けっこう好き。

 

 

そんなこんなで、綺麗な人やカッコいい人と一緒にいるのは

確かに視覚的な心地はいいかもしれないですが、それより大事なことは

その人のエネルギーが調和してるかどうかです。

 

「ブス」と感じる「歪み」は、エネルギーの状態なので、それを感じ取れるようになれば、必然的に「外見」にとらわれることはなくなってゆく。

 

 

顔の美醜が問われるのはあくまでも3次元でのみ。

波動が高くなっていって、次元が高くなるにつれて、その囚われは減っていきます。

 

わたしたちが生きている場所は3次元なので、その基準を大切にして生きるのもいいですが、結局「自分の身体」が衰えたり変化するたびに

その価値基準に頼らなければいけなくなるので、

 

綺麗なとき、痩せてるとき、or 若いとき →限定しあわせ

太ったり、綺麗じゃなくなったとき or 老けたとき → 苦しみ

 

からは逃れられない。

 

 

 

 

 

○ブスが嫌いなひとびと共通のギフト

 

 

 

ブスが嫌いなひとびとは、「美」に執着があるひとびとです。

 

つまり、ブスを肯定してしまった時点で、

守りたい「自分の美意識」の城壁が崩れてしまう恐怖をとなりあわせに抱えているということ。

 

これをつきぬけない限りは、本物の「美」にはたどり着けないと私は思っていて、

 

つきぬけるためには

 

「美」に対する「執着」を、

「愛」に変えてあげること。

 

 

それだけです。

 

それが愛にかわった時点で、「ブス」はまったく気にならなくなり、

ただ「可愛い」や「美しい」に対して

もっと純粋な肯定感が芽生えてゆく。

 

 

そして外見とか年齢といった、わたしたちの持っている

3次元的な要素で人を区別することがなくなるので

ただ楽になります。

 

 

美容やダイエットやエステや「外見」を美しく保つことは、

自然な「愛」がそこにあれば、勝手に大事にしたくなるものなので、

心配しなくてもひとは綺麗になってゆきます。

 

身体を大事にすることと、身体に執着することは似て比なるものなので、

もし

 

やー、つきあう人、可愛いかブスで選んでるわ

 

と心あたりのある方はぜひ一度、ふりかえってみてくださいね〜!

 

 

 

You Might Also Like

No Comments

    Leave a Reply